ラオス人民民主共和国(ビエンチャン)
ビエンチャン空港
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ラオスの旅は首都ビエンチャンから。
関空からタイ、バンコク経由で夜に到着しました。
入国審査場
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ビエンチャン空港の正式名称はワッタイ国際空港。
これは入国審査場入り口の風景。
ホテル中庭
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夜も更けてきました。
部屋に入る前にホテルの中庭に出てみました。
ヤシの木がライトアップされていて、とても幻想的だった。
ホテル中庭
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ホテルの中庭の片隅に仏像を安置している祠の様なものが。
ラオスは仏教を信仰する人々がとても多い国だ。
ホテルの夜景
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ホテルの部屋の窓から見た、ホテルとビエンチャン市内の夜景。
ホテル
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朝、出かける前にホテルの風景を撮影。
宿泊したホテルはドン・チャン・パレス・ホテル。
ビエンチャンのホテルでは中々のデラックスなホテルだとの事。
ホテル
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ホテルの駐車場わきにも仏像の祠があった。
ジュースやら花やらがお供え物として捧げられている。
メコン河
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メコン河だ。
宿泊したホテルはメコン河沿いに建っていて、直ぐ目の前にメコンの流れと、広大な岸辺の砂浜が広がる。
三輪タクシー
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ホテル前でお客を待っている三輪タクシー。
三輪タクシーをトゥクトゥクと呼ぶ。
ビエンチャンの通り
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ホテルからビエンチャンの市内を少し散策。
道の歩道を占有してお店を出している。
麺料理の屋台の様だ。
ビエンチャンの通り
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屋台のテーブル。
これも堂々と歩道に置かれていた。
麺料理はベトナムのフォーに似た食べ物。
朝市
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通りの一角にお店がいくつか出ていた。
庶民的な、田舎の香りがする風景だ。
朝市
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こちらのお店では新鮮な野菜類が置かれている。
庶民の人たちは大型スーパーでは無く、この様な小売店を使うのだろう。
朝市
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バナナの屋台だ。
一緒に焼きバナナを売っている。
ラオスではおやつとして焼きバナナは定番だそうだ。
朝市
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魚を串にさしているオバ様。
メコンで獲れた魚かな。
朝市
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こちらには大きなザルに盛られた、干物などの乾物や油で揚げられた魚類が置かれている。
朝市
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女の子が焼きバナナを焼いている。
ガイドさんに値段を聞くと一本10円ほどとの事。
手前は焼きトウモロコシと焼き芋。
ワット・ホーパケオ
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ホテルから北へ1kほど、ここは仏教寺院跡ワット・ホーパケオ。
ワットとは外囲いを由来とする寺院の意味。
ホーパケオとはかつてこの寺院に安置されていたエメラルド仏の事。
ワット・ホーパケオ
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階段から本堂の方へ上がってみる。
これは階段の手すりに付いていた龍の装飾。
とても細かな彫刻がされていた。
ワット・ホーパケオ
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本堂の壁に飾られている壁面彫刻。
非常に細かな彫刻で、美術的価値がとても高いのだろう。
ワット・ホーパケオ
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通路には仏像が置かれている本堂前の回廊。
16世紀中頃、仏教王国ラーンサーン王朝の首都がルアン・パバーンからビエンチャンへ遷都された。
ラーンサーン王朝の秘仏、エメラルド仏も一緒に旧都から移す事になった。
仏像を安置する寺院としてワット・ホーパケオは建立され、仏像はこの寺院に安置された。
ワット・ホーパケオ
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本堂前の回廊。
その後、タイがシャム王国と呼ばれていた時代にシャムの侵攻にあう。
その際に寺院は壊され、仏像も持ち去られた。
今、エメラルド仏はバンコクのワット・プラケオに安置されている。
(タイのページをご覧下さい。)
ワット・ホーパケオ
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現在の寺院はフランスによって1930年代中ごろに再建された。
今は主に仏像などを集めた博物館として使っており、僧侶もおらず、寺院としての機能は果たしていない。
ワット・シーサケット
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ここはワット・ホーパケオから道を挟んで直ぐ北に建つ仏教寺院ワット・シーサケット。
入り口近くの駐車場からの風景。
ワット・シーサケット
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ワット・シーサケットの境内の風景。
右の高さ数メートルほどの塔はラーンサーン王朝の王族の墓。
今でもとても綺麗に保存されている。
ワット・シーサケット
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ワット・シーサケットの本堂の風景。
ワット・シーサケットはワット・ホーパケオと同時期に、ラーンサーン王朝の首都がビエンチャンに遷都された時に建立された。
ワット・シーサケット
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本堂の壁に残る壁面彫刻。
本堂内へは入れるが、撮影禁止なので写真は外景だけ。
ワット・シーサケット
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ワット・シーサケットの回廊の風景。
回廊は俗世界との隔絶を図るために建てられたと言う。
ワット・シーサケット
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回廊内の風景。
ずらりと仏像が安置されている。
ワット・シーサケットの仏像の数は数千体とも言われる。
これは回廊の壁面に三角に空いた空洞にも小さな仏像が安置されているため。
ワット・シーサケット
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大小様々な仏像だが、当時は仏像の目に宝石や頭には金細工が施されていた。
これらは戦争時に略奪に会い、持ち去られてしまっている。
ワット・シーサケット
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現存するビエンチャンで最古の寺院として知られる。
19世紀に再建されたが、ラオスでは度重なる戦争でほとんどの寺院が破壊されたなか、ビエンチャンで唯一戦火に遭わず、再建当時のままの姿を残している。
ワット・シーサケット
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この建物は見習い僧侶達の学校。
ワット・シーサケットの敷地内の一画に建つ。
ここでは僧侶の育成に力を入れている。
ワット・シーサケット
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チョットお邪魔をして覗いてみました。
休み時間なのか、一人だけ。
ちゃんと黒板もあり、しっかり勉強をしている様だ。
ワット・シーサケット
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学校の隣には僧侶達の宿舎、住居もあった。
洗濯物が干してあり、住み込みで修業をしている。
ワット・シーサケット
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木陰のテーブルで勉強中だった若い僧侶見習いの子たちと筆者近影。
ワット・シーサケット
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ワット・シーサケット近くのお土産屋で見かけたラオスの親子。
トゥクトゥク
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東南アジア一帯でよく見かける三輪タクシー、トゥクトゥク。
大きさも2人乗り、4人乗り、数人乗りなど様々。
トゥクトゥク
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街にあふれているトゥクトゥク。
他にも三輪バイクのサムローや三輪自転車のリキシャーなどが走る。
昼食
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ラオス料理です。
上は春巻き、下は鍋の具材。
昼食
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イモの煮込みやカリフラワーの炒め物、魚フライのケチャップ煮。
タラート・サオ
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ここは巨大な市場、タラート・サオ。
ワット・シーサケットから北東へ300mほどにある。
どちらかと言うとショッピング・センターのおもむきが強い、ビエンチャン市内最大の市場。
金細工の加工場
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金細工の商品をたくさん扱っているタラート・サオ。
ここはタラート・サオ内にあった金細工の加工場。
全てハンドメイドだ。
金細工の店
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タラート・サオの中に入ります。
2階のこのコーナーは金製品の通り。
先程の加工場で作ったアクセサリーなどを展示販売している様だ。
金細工の店
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金以外に銀、プラチナ、錫などの製品の店がひしめき合っていた。
中東にあるシークに似たきらびやかな雰囲気だ。
看板娘
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タラート・サオの金細工店の看板娘。
笑顔も負けずに輝いている。
タラート・サオ
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商品をより美しく見せるために綺麗にショーケースを磨く女の子たち。
タラート・サオのタラートは市場、サオは朝の意味で、本来は朝市となるが、実際は夕方まで開いている。
家族
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小さい子供と一緒に店を切り盛りするお母さん。
ここは食器類などの錫工芸品のお店。
ミシン店
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ミシンがたくさん並んでいる。
家庭用のミシンだろう。
昭和の時代、日本の家々で見かけた足ふみミシンかな。
その他にも日用雑貨や電化製品も多く見られた。
これらの多くはタイから、後述する友好橋を越えて入って来ると言う。
繊維雑貨
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この通りは布地や衣類、繊維雑貨の店が並ぶ。
タラート・サオは旧館、本館、新館の建物に分かれている。
欲しい物は何でも揃う商業施設。
手工芸店
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かわいいお嬢さんがいた。
ここは絹や木綿の手工芸店。
これはラオスの特産だとの事。
タラート・クアディン
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ここはタラート・サオの裏手、南側に位置する市場、タラート・クアディン。
辺りには手押しの台車にいろいろな商品を乗せ、売っている人々が大勢いた。
タラート・クアディン
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タラート・クアディンは庶民の人たちが来る、主に食品を扱う店が集まった青空市場。
タラート・クアディン
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タラート・クアディンの通りの風景。
通りの奥は屋根があるが、道に面している店はテント生地らしき覆いがされているだけ。
タラート・クアディン
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とてもごちゃごちゃ、混沌としているタラート・クアディンの通り。
食品以外にも日用雑貨の店や簡単な飲食できる店など、何でもありのタラート・クアディン。
タラート・クアディン
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乾物やナッツ類の店。
タラート・サオがショッピング・センターなら、ここは完全に庶民市場。
タラート・クアディン
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ザルに入っているのは野菜の根っ子の様だ。
皮の付いたラッキョの様に見える。
タラート・クアディン
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ママと一緒にお買い物に来ていた女の子。
タラート・クアディンにて。
織物工場
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織物工場を見学。
いとつむぎから行っている、手作業による伝統的な機織の工房。
若者から年配者まで働いていた。
メコン河の落日
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夕日がきれいだとの事で、メコン河の岸辺に来ました。
夕日の名所は世界至る所にあるが、ここが一番と言う人も。
メコン河の落日
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メコンの河原にたくさんの屋台が出ていた。
どうも、ここは夕日鑑賞のスポットの様で、観光客相手に移動式の簡易食堂がひしめいていた。
メコン河の落日
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アイスを食べながら河原を歩く地元の子供たち。
メコン河の落日
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空は茜色。
メコンの対岸に、今まさに沈み行く夕日。
ビエンチャン空港
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一旦、ビエンチャンを後回しにして地方への観光に行って来ました。
ビエンチャンへの帰り、ビエンチャン空港にてラオス国営航空のプロペラ機の風景。
ビエンチャン空港
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ビエンチャン・ワッタイ国際空港は国内線8路線、国際線7路線が就航している。
国外の航空会社は9社が乗り入れている。
日本との直行便は無い。
パトゥーサイ
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ここはパトゥーサイ。
ビエンチャンの凱旋門。
タラート・サオから0.7kほど北東に位置する。
パトゥーサイ
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パトゥーサイはワット・シーサケット前から北東へ延びるビエンチャン一の大通り、ラーンサーン通り上に建てられた。
パトゥーサイ
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パトゥーサイの北東には広々としたパトゥーサイ公園があり、公園中央には大きな噴水がある。
パリのシャンゼリゼ通りをラーンサーン通りに見立てて、凱旋門をイメージして建設された。
パトゥーサイ
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パトゥーサイの真下まで来ました。
展望台となっているテラスまで階段が伸びていて、これから上ります。
展望台からは市内を一望できる。
パトゥーサイ
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パトゥーサイの一階真下、支える四本の柱の中央上にあった美しいレリーフ。
金色を中心に神々をモチーフとして描かれている。
パトゥーサイ
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屋上、展望台に到着。
まずは北東方向、パトゥーサイ公園の風景。
左右の大通りはラーンサーン通り。
パトゥーサイ
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次は右回りに南東方向にあるビエンチャンの市内風景。
パトゥーサイの正式名称はアヌサーワリー・パトゥーサイ。
アヌサーワリーは記念碑、パトゥーサイは勝利の門の意味。
パトゥーサイ
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南に位置する寺院、ワット・ホサンティニミット。
勝利の門パトゥーサイはラオス内戦終結祈願と戦没者の慰霊塔として1962年から建築が始まった。
パトゥーサイ
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南西方向の風景。
中々の風景だ。
ラーンサーン通りの突き当りにラオス国家主席府がある。
パトゥーサイ
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北西方向のビエンチャンの市内風景。
パトゥーサイはビエンチャンで最も高い建物で、市内を見渡せることからビエンチャンの観光スポットになっており、たくさんの観光客が訪れていた。
パトゥーサイ
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展望台で見かけた若い僧侶たち。
みんなでビエンチャンの街並みを見下ろしていた。
パトゥーサイ
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パトゥーサイは中央に高い塔があり、四隅に少し低い塔を持つ祠が建つ。
実はパトゥーサイは財政難のため未完成で、工事が中断されたままだとの事。
確かに、二階から最上階の下までのフロアーには何も無かった。
パトゥーサイ
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展望台があるフロアー見かけたラオスの家族。
人形を抱く女の子。
展望台のフロアーには産物屋も入っている。
パトゥーサイ
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下に下りてきました。
パトゥーサイ公園で見かけた僧侶たち。
先程、塔の上で見かけた子たちかな。
パトゥーサイ
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パトゥーサイ公園からの風景。
パトゥーサイの観光はおしまい。
これからタート・ルアンへ向かいます。
タート・ルアン
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次の観光は仏塔タート・ルアン。
西側の入り口ゲートの門。
これから中へ入ります。
タート・ルアン
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西側ゲートから東のタート・ルアンへ向かう。
途中にあったこの像はセーターティラート王の像。
仏教王国ラーンサーン王朝の王で首都をルアン・パバーンからビエンチャンへ遷都した人物。
ビエンチャンの街の創始者として知られる。
タート・ルアン
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セーターティラート王の像の周囲、タート・ルアン西側は広々とした広場になっている。
周囲にはいくつかの建物が建つ。
これは北側に建つホー・タマサファ寺院。
タート・ルアン
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タート・ルアンの中心にやって来ました。
巨大な黄金の仏塔が建つ。
写真左手の入り口から中へ入ります。
タート・ルアン
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タート・ルアンの全景。
タート塔、ルアン大きい、の意味で、文字通り巨大な仏塔。
タート・ルアンはタラート・サオから2.5kほど北東に位置する。
タート・ルアン
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黄金に輝き、眩いばかりのタート・ルアン。
ラオス仏教最高の寺院で、ビエンチャンはもとより、ラオスのシンボルとなっている。
ルアン・パバーンから遷都した際にセーターティラート王によって16世紀中頃に建立された。
タート・ルアン
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仏塔から周囲の壁の風景。
壁は回廊になっていて、仏塔を囲んでいる。
タート・ルアンの基は13世紀、クメール王朝時代に建てられた仏塔跡。
タート・ルアン
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タート・ルアンは寺だが、仏塔しかなく、本殿は無い。
そのためか、お祈りをする拝殿が壁の回廊の中に置かれていた。
タート・ルアン
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タート・ルアン南西角から北側の風景。
左が壁の回廊と入り口、右は拝殿。
タート・ルアン
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タート・ルアンから北側、周囲に残る建物の一つ、タート・ルアン北寺院の風景。
タート・ルアン建立当時、仏塔を囲むように、東西南北に寺院を建てた。
現在、北寺院と南寺院が残るだけ。
タート・ルアン
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タート・ルアン仏塔前に建てられている拝殿。
タート・ルアン仏塔内には入る事が許されないため、外側の東西南北に拝殿が設けられている。
タート・ルアン
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そもそも仏塔とは何か。
仏教の開祖、お釈迦様の遺骨である仏舎利を安置する建造物の事。
東南アジアではストゥーパ、ミャンマーではパゴダ、日本では五重塔に代表される層塔の事。
タート・ルアン
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靴を脱いで入る神聖な拝殿。
拝殿には仏像が祀られ、たくさんの信者が訪れ、熱心に手を合わせていた。
タート・ルアン
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天秤を担いだ少年。
大きなおせんべいか、薄焼きのパンかを売っていた。
毎年11月にタート・ルアン祭が開催され、全国から僧侶が集まり、大変なにぎわいになると言う。
タート・ルアン
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小さな鳥かごを提げて小鳥を売っていた。
スズメの様だが、焼き鳥にでもせよと言う事かな。
と思っているとガイドさんから、これは寺に持って行き、鳥を逃がす風習だ、と教えてもらった。
生き物に慈悲を与え、善行を積み、功徳を得るために行うそうだ。
タート・ルアン
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タート・ルアンの観光はおしまい。
来た西側入り口ゲートの門。
内側からの風景。
ブッダパーク
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ここはブッダパークと呼ばれる珍スポット。
タート・ルアンから15k南東、ビエンチャンの少し郊外にある。
ブッダパーク
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何が珍スポットかと言うと、コンクリートで創った神話に登場する神々や怪物など様々なユニークなオブジェが建ち並ぶ事。
この横たわった寝仏もとても薄っぺらい。
ブッダパーク
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このカボチャの様なオブジェは天、地、地獄を表現していると言う.
狭い口から入り、非常に登りにくい屋上からはブッダパーク全体を見渡せる。
ブッダパーク
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カボチャのオブジェ上からのブッダパークの風景。
正式名称ワット・シェンクアンと言うのだが、ワット:寺院という名前がついているものの、本堂も仏塔も無い。
ブッダパーク
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ブッダパークの敷地内に所狭しと建ち並ぶ、コンクリ製のキテレツなオブジェの数々。
ほぼテーマパークだ。
ブッダパーク
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寝仏の前で添乗員さんと旅の仲間と筆者近影。
メコン河
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ブッダパークから友好橋への途中、ラオスの国境をなすメコン河の風景。
対岸はタイで田舎の町なのだが、見た所、ラオスの首都であるビエンチャンよりも高い建物も建ち、都会の様だ。
友好橋
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次に訪れたのはブッダパークから南西へ6kほどにある友好橋と呼ばれる橋で、タイとラオスの国境を流れるメコン河に架かる。
友好橋
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正式にはタイ・ラオス友好橋と言い、中間に国境線が引かれている。
写真はその国境を示すポイントで、左側がラオス、右側がタイ。
友好橋
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若い僧侶たちも来ていた。
袈裟の色のまばゆいオレンジ色は太陽と同じ色との事。
太陽の照りつける強い日差しに負けずに、いつも明るい気持ちで過ごせる様に、の意味だそうです。
友好橋
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橋の国境地点には通行止めの柵があり、通り抜けできない。
だが、興味本位で少しの区間だけ密出国する筆者の旅仲間。
友好橋
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徒歩で越えるには、橋のたもとにある国境検問所で出国手続きを行った上で、専用の国際バスに乗り、橋を渡る。
バックパッカー達の入国の入り口でもある。
友好橋
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友好橋から眺めたメコン河と夕日。
タイ側はノーンカーイと言う地方都市で、ここからタイの文化や物資が流れ込んで来ている。
友好橋
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筆者が訪れた時はまだ鉄道が引かれておらず、工事中だった。
現在は完成し、ラオス唯一の鉄道がタイと結んでいる。
ただ、ビエンチャンの中心部までは延びておらず、橋のたもとのターナレーンと言う駅で止まっている。
ホテルからの風景
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出国の日の朝、宿泊したラオ・プラザ・ホテルからの風景。
中央のスタジアムはアヌウォン・スタジアム。
当時はまだニュー・ラオス・スタジアムができていなかったため、ここが国際競技の場だった。
市民のお宅訪問
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空港までの途中、ガイドさんの計らいで、現地市民のお宅にお邪魔させて頂きました。
多くの家屋は高床式で、一階部分は物置きなどになっていた。
市民のお宅訪問
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現地の方のお宅訪問。
客間でお茶を頂きました。
ビエンチャン空港
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ビエンチャン・ワッタイ国際空港。
一国の首都の空港と思って改めて見てみるとビックリするくらい小さな空港です。
ビエンチャン空港
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ラオスの旅もこれでおしまい。
タイ、バンコク経由で帰国します。
ターミナルからボーディング・ブリッジの風景。
入出国スタンプ
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ラオスの入出国スタンプ。