マレーシア
独立広場
1/31
マレーシアの首都、クアラルンプールの中心にあるムルデカ(独立)広場。
マレーシア独立を宣言し、イギリス国旗が降ろされ、マレーシア国旗が掲げられた。
写真は広場にある芝生のコート。
クリケットが行われていた。
旧連邦事務局ビル
2/31
独立広場の隣、道路を挟んで建つのは旧連邦事務局ビル。
現在では最高裁判所として使われている。
この辺りは中心地で、いくつもの高層ビルが建つ、大都会クアラルンプール。
王宮
3/31
マレーシアは立憲君主国。
ここは王の宮殿、その正面の門。
大理石の白い色と金と黒で美しい建造物となっている。
王宮の衛兵
4/31
残念ながら中には入れないので、王宮正面の脇にいた衛兵さんと記念撮影。
国家記念碑公園
5/31
王宮の隣にあった国家記念碑公園。
中央には独立戦争にて戦死した兵士を弔う石碑の独立記念碑が建ち、噴水のある池には7人の戦士のブロンズ像がある。
国立モスク
6/31
このコンクリート造りの近代的ビルはイスラム教寺院の国立モスク。
我々異教徒は入り口で靴、靴下を脱ぎ、素足になって建物の周りを見学。
礼拝堂には入れなかったが、外観だけでもかなりの規模の寺院と判る。
バツー洞窟
7/31
ここはバツー洞窟。
その入り口広場の風景。
沢山のハトが埋め尽くしていた。
洞窟は山の中腹にあり、急な階段を登っていく事になる。
バツー洞窟
8/31
階段上部からの入り口風景。
階段は300段近くある。
この山には野生のサルが住み着いていて、ゴミ箱をあさっていた。
バツー洞窟
9/31
階段を登りきった洞窟入り口。
バツー洞窟は首都クアラルンプールから車で半時間ほどの郊外にある。
バツー洞窟
10/31
バツー洞窟内部の風景。
ここは単なる観光地では無い。
インド系マレーシアのヒンズー教徒にとっては聖地とも言うべき所。
聖者や聖人、ヒンズーの神々の像が立ち、最も奥の洞窟には寺院が建っていた。
バツー洞窟
11/31
鍾乳洞の大洞窟で、中はかなり広い。
雨の浸食によって、洞窟の上部はいくつも崩れて穴が空き、空が見える。
そのため比較的明るい洞窟の内部。
ゴム林
12/31
クアラルンプールからマラッカへの移動途中に立ち寄ったゴム農園。
幹に傷を付けて白色の生ゴムを採取している。
ドリアン
13/31
果物の王様、ドリアン。原産地マレー半島の本場のドリアンを食してみた。甘いクリームチーズの様で、とっても美味だったが、有名な例の香りは半端では無かった。鼻からの息を止めて一房をついばむ。食べてからも困ったもので、胃の中で発酵するのか、ゲップがやたらと出てくる。その度に、軽いめまいに襲われた筆者でした。
マラッカ
14/31
マレーシア南部、マラッカ海峡に面している港町にして、観光都市としてもにぎわう古都マラッカは「マラッカとジョージタウン、マラッカ海峡の古都群」としてユネスコ世界文化遺産に登録されている。
ここはオランダ広場。
マラッカの旧市街中心部に位置する。
マラッカ
15/31
オランダ広場に建つキリスト教会
右手の建物はスタダイス、現在は歴史博物館になっている。
レンガ色に統一された建物群はオランダ統治時代の物。
マラッカ
16/31
サンチャゴ砦はポルトガルが築いた要塞。
海峡に面したマラッカを海からの襲撃に備えるため。
ポルトガル、オランダ、イギリスと支配が移るごとに建造物も変わっていった。
マラッカ
17/31
マラッカ・スルタン・パレス。
マラッカ王国時代の王宮。
ポルトガル統治時代に焼失したが、独立後に再建された。
マレーシア伝統的形式の木造建築で、マラッカ王宮博物館として利用されている。
マラッカ
18/31
セントポールの丘と呼ばれる小高い丘からの風景。
サンチャゴ砦の門が見える。
右手方向にはマラッカ海峡がある。
青雲亭
19/31
ここは仏教寺院のチェンフーテン、青雲亭。
その本堂の風景。
マレーシア仏教寺院では最も古い。
中国を旅している様だ。
青雲亭
20/31
青雲亭の中庭風景。
マレーシアには中国系の人々も多く、ここにもたくさんの参拝者がいた。
マラッカの夜景
21/31
マラッカの通りの風景。
屋台グルメが楽しめます。
鉄道
22/31
マラッカからジョホールバルまでは鉄道の旅。
マラッカ郊外、内陸に入った所にあるマレー鉄道のタンピン駅。
そのプラットホーム風景。
鉄道
23/31
マレー鉄道はシンガポールまで続き、中には国際列車としてタイ・バンコクからの長距離列車も走る。
プラットホームをまたぐ跨線橋から駅の風景。
鉄道
24/31
駅の風景。
駅舎はローカル線の小さな駅の様だった。
鉄道
25/31
マレー鉄道の列車に乗り込む筆者。
乗り心地はバツグンだったが、車窓はジャングルばかりで少々単調だったかな。
ジョホールバル
26/31
ジョホールバル駅に着きました。マレー半島最南端の街にしてマレーシア第二の大都市、ジョホールバル。
1997年、サッカー・ワールドカップ最終予選、延長戦で野人岡野の決勝ゴールにて本大会出場を決めた、「ジョホールバルの歓喜」の地として有名。なお、筆者は岡野選手をこの2年後にアムステルダム空港にてお見かけし、ツーショット写真を撮らせて頂きました。(オランダをご覧下さい。)
スルタン・アブ・バカール・モスク
27/31
ジョホール王国の王、スルタン・アブ・バカールによって建てられた。
イスラム系の人々が大勢来ていた。
スルタン・アブ・バカール・モスク
28/31
白亜の美しいフォルムのモスク。
スルタン・アブ・バカール・モスク
29/31
少し高くなっているこのモスクの敷地から辺りを見渡すと、目の前はジョホール海峡。
そしてその向こうにはシンガポール。
マレーシア文化村
30/31
民族音楽の生演奏や、ロウを使い模様をつける、バティックと呼ばれる伝統的な染め物の実演などを見る事ができる文化村。
庭には熱帯植物やフルーツなどが植えられていた。
入出国スタンプ
31/31
マレーシアの入出国スタンプ